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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)224号 判決 1997年6月26日

福岡県福岡市博多区吉塚5丁目8番11号

原告

株式会社アクタ

代表者代表取締役

柴田伊勢雄

訴訟代理人弁護士

中村稔

富岡英次

同弁理士

小堀益

大阪府大阪市北区西天満2丁目4番4号

被告

積水化成品工業株式会社

代表者代表取締役

河南彰

広島県福山市曙町1丁目12番15号

被告

株式会社エフピコ

代表者代表取締役

小松安弘

被告ら訴訟代理人弁理士

亀井弘勝

稲岡耕作

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第11236号事件について平成8年8月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

2  被告ら

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(審判被請求人)は、意匠に係る物品を「合成樹脂製包装容器製造に使用する熱融着板」とし、その形態を別紙図面イのとおりとする登録第757808号意匠(昭和60年5月17日登録出願、昭和63年12月14日意匠登録。以下、「本件意匠」といい、本件意匠の意匠登録を「本件登録」という。)の意匠権者である。

被告ら(審判請求人ら)は、平成5年5月27日、本件登録を無効にすることについて審判を請求し、平成5年審判第11236号事件として審理された結果、平成8年8月19日、「本件登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同年9月12日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)被告らの主張の要旨

本件意匠は意匠法3条1項3号又は2項の規定に該当するから、本件登録は同法48条1項1号の規定によって無効とされるべきである。

〈1〉 本件意匠が意匠法3条1項3号の規定に該当する理由

本件登録出願前に出願公開された昭和53年実用新案出願公開第92042号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面ロ参照)の第1図・第2図・第4図及び第5図には、被シール物に圧着してシール目を形成する部分に細かい凹凸形状を形成した板状の熱シール型が明瞭に示されており、本件意匠はこれに類似する。

〈2〉 本件意匠が意匠法3条2項の規定に該当する理由

本件意匠のシール面上にみられる斜めクロスのローレット状凹凸形状は、引用例1、工業教育研究会編「図解機械用語辞典 第2版」(日刊工業新聞社昭和58年1月30日発行)の700頁(以下、「引用例2」という。別紙図面ハ参照)、工業教育図書研究会編「機械製図」(株式会社綜文館発行、昭和32年4月30日文部省検定済)の206頁、207頁(以下、「引用例3」という。別紙図面ニ参照)、昭和53年実用新案出願公開第57049号公報(以下、「引用例4」という。別紙図面ホ参照)、昭和56年実用新案出願公開第28908号公報(以下、「引用例5」という。別紙図面ヘ参照)及び昭和56年実用新案出願公開第28906号公報(以下、「引用例6」という。別紙図面ト参照)にみられるように、単に碁盤目だけでなく、一般に斜め切り、横切り、斜めクロス切り等が本件登録出願前に業界内で周知であるから、本件意匠は、本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状等に基づいて当業者が容易に創作をすることができたものである。

(2)原告の答弁

〈1〉 引用例1には熱シール型の全体形状がどこにも示されておらず、シールパターンを作る技術的手段を説明する部分的な凹凸形状を示した図面が記載されているのみである。よって、引用例1からは物品の意匠としての全体形状を把握することができないから、引用例1を論拠とする本件意匠が意匠法3条1項3号の規定に該当するとの主張は理由がない。

〈2〉 引用例2及び引用例3は、いずれも熱シール板に関する文献ではなく、単なる表面加工に関する文献である。そして、引用例2には工具が記載されているのみであって、これを用いて加工したものの図面は一切ないし、引用例3には凹凸形状を加工する工具の開示すらないから、本件意匠が引用例2、引用例3の各記載から容易に創作することができたとは到底いえない。

引用例4ないし引用例6は、いずれも、熱融着具のシール面形状の凹凸を斜め交差状にすることが周知であるとして提出されたものであるが、引用例4の第4図は袋のシールに用いるもので斜め交差状のものを帯状に表したものの一部であり、引用例5の第4図は菱形の網状のものを中心部を空間にして口の字状に表したものである。また、引用例6の第3図・第6図は引用例5と同じく口の字状に表した盤の一部に円形形状を表したもの、第9図は円形と四角形による凹凸形状の配列パターンのみを表したものである。そして、引用例4ないし引用例6にはいずれも断面図がなく、その凹凸態様が不明であるから、本件意匠が引用例4ないし6の各記載から容易に創作することができたとは到底いえない。

(3)判断

〈1〉 本件意匠の形態は別紙図面イ記載のとおりであって、

A 全体形状を薄い正方形状の板体とし(以下、「態様A」という。)、

B 板体の平面上において、全体に均一な細かい斜め交差状の凹凸面を形成しており(以下、「態様B1」という。)、

その凹凸面を詳細にみれば、凹凸面は多数の小さな四角錐台状の突起が規則的に配列されたものからなり(以下、「態様B2」という。)、

C 平面の略中央部に、背面に貫通する4個の小円孔を正方形状に設けた(以下、「態様C」という。)

ものである。

〈2〉 そこで、本件意匠の創作容易性について検討するに、引用例1の各図を総合してみた場合、特に第1図・第3図が平面図であることは明らかであるが、これらには横と縦の直線が明示されているから、他の2辺は省略されているものの、引用例1記載の「熱シール型」は四角形である可能性が大である。したがって、この種の物品において、全体形状を薄い「四角形状」の板体とする態様は、本件登録出願前に広く知られていたことが十分に推察される。さらに、板体の形状を、この種の物品において周知の「四角形状」から、よく知られた幾何学形状である「正方形状」にとすることは、当業者ならば極めて容易に着想し得たことというほかないから、態様Aの創作容易性は明らかである。

次に、一般にローレット状凹凸配列形状には、引用例1ないし引用例6に示されているように、単に碁盤目だけでなく、斜め切り、横切り、斜めクロス切り等、種々のものが本件登録出願前に存在するが、それら周知の配列形状の中から適宜のものを選択して凹凸面を形成することは当業者が普通に行っていることである。そして、態様B1は、この種の物品において極めてありふれた形状(例えば、引用例4の第2ないし第7図、引用例5の第4図、引用例6の第9図)であるから、当業者が極めて容易に着想できたといわざるを得ない。

また、態様B2は、この種の物品において従来から普通にみられる周知の態様(例えば、引用例1の第1ないし第3図)と略一致しているから、極めて周知のものと認められる。この点について、原告は、引用例1の第1図には稜線が記載されておらず形状を特定できない旨主張するが、同引用例の第2図・第3図によれば、その凹凸面が四角錐台状の突起であることは十分に推定できる。

最後に、態様Cにおける4個の孔は、平面全体に形成された凹凸面の中にあって、さして特徴もない正方形状に設けられたものであるから、たとえこれらの孔が被シール物との圧着時の孔又はシール機への取付孔としての機能があるとしても、外観上意匠的な効果がさほど認められない以上、意匠の創作として高く評価できないというほかない。

以上のとおり、態様A及び態様B1、B2はいずれも本件意匠に係る物品の分野において周知の形状から極めて着想容易なものであって、これらの態様を結合して構成された「全体形状を薄い正方形状の板体とし、板体の平面上において、全体に均一な細かい斜め交差状の凹凸面を形成しており、その凹凸面を詳細にみれば、多数の小さな四角錐台状の突起が規則的に配列されたものからなる」とした本件意匠の態様は、態様Cを考慮してもなお、本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状に基づいて当業者が容易に創作をすることができたといわざるを得ない。

〈3〉 したがって、本件登録は、本件意匠が意匠法3条2項の規定に該当するにもかかわらずなされたものであるから、無効とすべきものである。

3  審決の取消事由

審決は、本件意匠は各引用例記載の意匠とはその属する分野を異にする点を看過誤認した結果、周知例について認定判断を誤り、態様A及びB1、B2の創作容易性の判断を誤ったのみならず、これらの各態様と態様Cを結合して構成される本件意匠の創作容易性を具体的理由を示すことなく肯認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)周知性についての認定判断の誤り

審決は、態様A及びB1、B2の創作容易性を判断するに当たり、引用例1ないし6を援用して、態様A及びB1、B2が本件意匠の属する分野において広く知られた態様に基づいて当業者において容易に創作し得たものと判断している。

しかしながら、本件意匠に係る物品は、原告が開発した新しいタイプの熱融着板であって、本件登録出願前には存在しなかったものである。

本件意匠の意匠公報の「使用状態を示す参考図」から明らかなように、本件意匠に係る熱融着板は、「合成樹脂製の包装容器の底板を容器本体に熱融着するためのもの」(「説明」の1行、2行)である。すなわち、本件意匠に係る熱融着板は、薄い合成樹脂シート製の底板の周縁に、発泡スチロール製の枠体の下端を当接した後、底板の下面に熱融着板を当て、加熱のみによって容器本体を製造するために使用されるものである。これに対し、本件登録出願前は、引用例5の第1図・第2図、あるいは、引用例6の第1図・第2図に記載されているように、容器本体はシート材の一体成形によって製造され、容器本体に蓋あるいはフィルムをシールするとき、容器本体と蓋等を平面的に重ね合わせ、その周縁部分を熱融着装置によって強く加圧かつ加熱して融着していたのである。本件意匠の意匠公報の上記「使用状態を示す参考図」において、底板の周縁と枠体の下端とを「平面的に重ね合わせ、強く加圧」することは不可能であるから、本件意匠に係る「熱融着板」が本件登録出願前に存在しなかったタイプのものであることは明らかである。

なお、審決が態様A及びB1、B2の創作容易性の判断において援用した引用例1は「ブリスタパック機等に使用する熱シール型」(実用新案登録請求の範囲の1行目)に関するものであるが、ブリスタパックとは、内容商品と同じ形状に成形した透明プラスチックトレーに商品をセットして台紙を被せ、トレーと台紙とが重なり合っている部分を熱融着する技術であるから、その「熱シール型」が本件意匠に係る「熱融着板」とは分野が異なる熱融着装置に適用される物品であることは明らかである。

また、引用例2ないし6記載の意匠に係る物品は、いずれも本件意匠とは異なる分野に属する物品である。

この点について、被告らは、周知例1ないし周知例3を援用して、発泡スチロール製の枠体に薄い合成樹脂シート製の底板を熱融着して容器本体を製造することは本件登録出願前に周知の技術であると主張する。しかしながら、周知例1にはその食品容器がどのような加熱具を使用して製造されるのかについての記載が全くないうえ、第3図ないし第5図をみれば、その加熱具が「板体」でないことは明らかである。また、周知例2は、「プラスチックパックに被包装物を充填し包装する包装装置」(特許請求の範囲の1行、2行)に関するものであって、「包装容器の底板を容器本体に熱融着する」技術とは何ら関係がないし、同周知例に記載されている技術は、容器本体と蓋等を平面的に重ね合わせ、その周縁部分を熱融着装置によって強く加圧かつ加熱して融着する前記の従来技術にすぎない。さらに、周知例3は、「食料品等の容器を密封用フィルムにより自動的に密封するための自動容器密封装置」(1欄35行ないし2欄1行)に関するものであって、一体成形されたプラスチックパックに食料品を充填した後、フィルムを被せてヒートシールし、ヒートトリミングする技術であるから、やはり「包装容器の底板を容器本体に熱融着する」技術とは関係がない。このように、周知例1ないし周知例3は、本件意匠に係る物品のようなタイプの「熱融着板」を、合成樹脂製包装容器の製造に使用することが本件登録出願前に周知であったことの論拠にはならない。

以上のとおり、本件意匠に係る物品は、「合成樹脂製包装容器製造に使用する熱融着板」であるのに対し、引用例1ないし6及び周知例1ないし3記載の意匠に係る物品は、「合成樹脂製容器製造に使用する熱融着装置」であって、両者は物品を異にするから、後者において周知の形状等から本件意匠を容易に創作できたとした審決の認定判断は誤りである。

(2)  創作容易性についての判断の誤り

〈1〉 態様Aについて

審決は、引用例1記載の「熱シール型」は四角形である可能性が大であると認定したうえ、板体の形状を、この種物品において周知の「四角形状」から「正方形状」にすることは当業者ならば極めて容易に着想し得たというほかないから、態様Aの創作容易性は明らかであると判断している。

しかしながら、熱融着板は、融着の対象及び方法に応じて、例えば引用例5の第1図・第2図あるいは引用例6の第1図・第2図に記載されているように、種々の形状を採り得るものであるから、引用例1の第1図・第3図に熱融着装置の一角が示されていることのみを論拠として、その全体形状が「四角形状」の板体であると認定するのは誤りである。

また、審決は、板体の形状をこの種の物品において周知の「四角形状」からよく知られた幾何学形状である「正方形状」にすることは当業者ならば極めて容易に着想し得たことというほかないと判断している。しかしながら、製造ライン中にあってごく僅かの省スペースも重要となる本件意匠に係る物品の分野においては、「長方形状」が周知であったとしても、「正方形状」は逆に斬新なものであるから、審決の上記判断は誤りである。

〈2〉 態様B1について

審決は、引用例1ないし引用例6を援用して、態様B1は周知のローレット状凹凸配列形状から極めて容易に着想できたといわざるを得ないと判断している。

しかしながら、引用例1には態様B1に相当する意匠は記載されていない。引用例2及び引用例3には各種のローレット状凹凸形状が記載されているが、引用例2あるいは引用例3記載の各技術と本件意匠に係る熱融着板とが余りにもかけ離れているにもかかわらず、審決には、加圧力が点状にかかる物品において周知のローレット状凹凸形状が、どのような理由によって加圧力が面状にかかる本件意匠に係る熱融着板の形状に転用され得るのか、全く説示されていない。また、引用例4の第2図ないし第7図、引用例5の第4図、引用例6の第9図に記載されている「斜め交差状の凹凸面」は、凸部が連続的に配列され、凹部が断続的に配列されているものであって、凸部が断続的に配列されている態様B1とは美感を異にする。

したがって、態様B1は周知のローレット状凹凸形状から極めて容易に着想できたとする審決の判断は、態様B1が熱融着板の取引者・需要者において強い関心をもって観察する形態であることを全く考慮していないものであって、誤りである。

〈3〉 態様B2について

審決は、引用例1を援用して、態様B2は極めて周知の態様と認められると判断している。

しかしながら、態様B2が、底辺が上辺よりかなり長い台形の突起(四角錐台)を、間隔を大きくとって均一に配列して構成されるものであるのに対し、引用例1の第1図・第3図に記載されている台形の突起は上辺が長く、突起間の間隔が小さい結果、本件意匠よりも平面的に見え、本件意匠とは美感を異にする。

この点について、被告らは、熱融着板ないし熱融着装置のローレット状凹凸形状は微細なものであって、かなり拡大しなければ凹凸の形状を正確に認識することは困難であり、視覚上はっきりと認識し得るのは「斜めの交差模様」であることにとどまると主張する。しかしながら、態様B2は、本件意匠の上面全体に現れるものであるうえ、突起の形状及び間隔は熱融着力の強度に与える影響が大きく、かつ、包装容器に明確な痕跡として現れるため、態様B2も熱融着板の取引者・需要者が強い関心をもって観察する形態であるから、この点を考慮していない審決の前記判断は誤りである。

〈4〉 審決は、態様A及びB1、B2を結合して構成された態様は、態様Cを考慮してもなお、当業者が容易に創作をすることができたといわざるを得ないと判断している。

しかしながら、本件意匠は、従来存在しなかった物品について、熱融着の効果、使用の利便、包装容器の外観に与える影響あるいは熱融着板自体の美感等、様々な要因を考慮し、個々の要素を結合して創作されたものである。したがって、これらの結合の創作容易性を何らの具体的理由も示すことなく肯認した審決の判断は、誤りというべきである。

第3  請求原因の認否及び被告らの主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  周知性の認定判断について

原告は、本件意匠に係る物品は原告が開発した新しいタイプの熱融着板であり、本件登録出願前には存在しなかったものであるから、審決は本件意匠に係る物品とは分野が異なる物品において周知の形状を論拠として態様A及びB1、B2の創作容易性を肯定したものであって、誤りであると主張する。

しかしながら、昭和57年実用新案出願公開第156424号公報(以下、「周知例1」という。別紙図面チ参照)には、「周側壁の底部と底板の当接箇所とで互に熱融着にて接合させてなることを特徴とする食品容器」(実用新案登録請求の範囲の7行、8行)と記載されている。また、昭和54年特許出願公告第29155号公報(以下、「周知例2」という。)には、容器本体であるプラスチックパック3に、蓋となるシールフィルム4Aを被せてヒートシールする技術が記載され、さらに、昭和55年実用新案出願公開第51201号公報(以下、「周知例3」という。)には、ほぼ角形の容器1に対して密封用フィルム2を板状の加熱ヘッド20によって加熱圧着することが記載されている。このように、発泡スチロール製の枠体に薄い合成樹脂シート製の底板を熱融着装置により熱融着して容器本体を製造すること、あるいは、容器本体と蓋等を熱融着装置により熱融着することは本件登録出願前に周知の技術であるから、原告の前記主張は失当である。

この点について、原告は、周知例1にはその食品容器がどのような加熱具を使角して製造されるのかについての記載が全くないと主張する。しかしながら、周知例1記載の食品容器製造のための加熱具として、本件登録出願前に公知の引用例1記載の「熱シール型」、引用例5あるいは引用例6記載の「熱シール装置」等を適用することには何の困難もないから、原告の上記主張は当たらない。

なお、原告は、審決が態様A及びB1、B2の創作容易性の判断において援用した引用例1記載の「熱シール型」は本件意匠に係る「熱融着板」とは分野が異なる熱融着装置に適用される物品であると主張する。

しかしながら、引用例1の実用新案登録請求の範囲には、ブリスタパック機「等」に使用する熱シール型である旨記載されており、その熱シール型がブリスタパック機以外の各種の熱融着装置にも適用し得ることが明らかにされているから、引用例1記載の「熱シール型」が本件意匠に係る「熱融着板」とは分野が異なる熱融着装置に適用される物品であるという原告の上記主張は当たらない。ちなみに、原告は、本件意匠に係る「熱融着板」と従来技術における「熱融着装置」とを峻別しているが、これは表現の差異にすぎないというべきである。

2  創作容易性の判断について

(1)  態様Aについて

原告は、引用例1の第1図・第3図に熱融着装置の一角が示されていることのみを論拠として、その全体形状が「四角形状」の板体であると認定するのは誤りである旨主張する。

しかしながら、二辺が直角に表されている引用例1の第1図・第3図をみれば、その全体形状が「四角形状」であると理解するのは極めて自然なことである。付言すれば、引用例5及び引用例6の各第3図に記載されている熱シール用ヘッドの意匠も、熱融着が不要な中央部分が割愛されているが、基本的には「四角形状」である。

なお、四角形状(長方形)の物品を正方形状の物品にすることに何の創作力も要しないことはいうまでもない。

(2)  態様B1について

原告は、引用例2及び引用例3に各種のローレット状凹凸形状が記載されていることを認めながら、加圧力が点状にかかる物品において周知のローレット状凹凸形状が、どのような理由によって加圧力が面状にかかる本件意匠に係る熱融着板の形状に転用され得るのか、審決には説示がないと主張する。しかしながら、意匠の類否は、各意匠が起させる美感に共通性があるか否かによって判断されるべきであって、各意匠に係る物品が果たす機能(加圧力のかかり具合)は無関係であるから、原告の上記主張は失当である。

さらに、原告は、引用例4の第2図ないし第7図、引用例5の第4図、引用例6の第9図に記載されている「斜め交差状の凹凸面」は、凸部が連続的に配列され、凹部が断続的に配列されているものであって、凸部が断続的に配列されている態様B1とは美感を異にすると主張する。しかしながら、ローレット状凹凸形状が斜めに構成されるならば、斜めに交差する切目の間に凸部が断続的に配列されることになるのは当然であって、引用例4ないし引用例6に記載されている各意匠の「斜め交差状の凹凸面」の態様と、本件意匠の「斜め交差状の凹凸面」の態様との間に差異はないから、原告の上記主張も失当である。

(3)  態様B2について

原告は、態様B2が底辺が上辺よりかなり長い台形の突起(四角錐台)を間隔を大きくとって均一に配列して構成されるのに対し、引用例1の第1図・第3図に記載されている台形の突起は上辺が長く突起間の間隔が小さい結果、本件意匠よりも平面的に見え、本件意匠とは美感を異にするから、態様B2は極めて周知の態様と認められるとした審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、熱融着板ないし熱融着装置のローレット状凹凸形状は微細なものであって、かなり拡大しなければその形状を正確に認識することは困難であり、視覚上はっきりと認識し得るのは「斜めの交差模様」であることにとどまるから、原告の上記主張は失当である。

(4)  原告は、本件意匠は、従来存在しなかった物品について熱融着の効果、使用の利便、包装容器の外観に与える影響あるいは熱融着板自体の美感等、様々な要因を考慮し個々の要素を結合して創作されたものであるから、これらの結合の創作容易性を何らの具体的理由も示すことなく肯認した審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、本件意匠は、ありふれた態様の全体形状に、周知のローレット状凹凸形状を組み合わせることによって容易に創作し得たものにすぎないから、態様A、態様B1及び態様B2を結合して構成された態様は、態様Cを考慮してもなお、当業者が容易に創作をすることができたとする審決の判断は正当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  周知性の認定判断について

原告は、本件意匠に係る物品は原告が開発した新しいタイプの熱融着板であり、本件登録出願前には存在しなかったものであるから、審決は本件意匠に係る物品とは分野が異なる物品において周知の形状を論拠として態様A及びB1、B2の創作容易性を肯定したものであって、明らかに誤りであると主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第2号証によれば、本件意匠の意匠公報には、「説明」として「本物品は、参考図に示す様に、合成樹脂製の包装容器の底板を容器本体に熱融着するためのものである。」と記載されていることが認められる(別紙図面イ参照)。一方、成立に争いのない乙第1号証の1によれば、周知例1は「食品容器」に関するものであって、「発泡ポリスチレンシートによる細帯の両端を重ね合わせ又は突き合わせにて(中略)接合せしめて周側壁となしたものと、(中略)非発泡シートであって、該シートの上面側にリブを突設せしめて底板となしたものとを周側壁の底部と底板の当接箇所とで互に熱融着にて接合させてなることを特徴とする食品容器」(実用新案登録請求の範囲)と記載されていることが認められる(別紙図面チ参照)。そして、周知例1の公開(昭和57年10月1日)が、本件登録出願の約2年7か月前に遡ることに鑑みれば、「合成樹脂製の包装容器の底板を容器本体に熱融着する」技術は、本件登録出願前に当業者に周知の技術であったと認めるのが相当である。

この点について、原告は、周知例1にはその食品容器がどのような加熱具を使用して製造されるのかについての記載が全くない旨主張する。

しかしながら、別紙図面チを参照すれば、その「周側壁の底部」(13)と「底板」(20)の当接箇所を熱融着する装置としては、本件意匠に係る「熱融着板」のように、底板の下面に当てて加熱する板体のものが想定されるのは当然である(原告は、周知例1記載の食品容器の製造に使用される加熱具は「板体」ではないと主張するが、理由がない。)。したがって、本件意匠に係る物品は原告が開発した新しいタイプの熱融着板であり、本件登録出願前には存在しなかったものであるという原告の前記主張は、採用することができない。

また、原告は、審決が態様A及びB1、B2の創作容易性の判断において援用した引用例1記載の「熱シール型」は本件意匠に係る「熱融着板」とは分野が異なる熱融着装置に適用される物品であると主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第3号証の1によれば、引用例1は「熱シール型」に関するものであって、その実用新案登録請求の範囲の1行目には「ブリスタパック機等に使用する熱シール型」と記載され、その熱シール型がブリスタパック機以外の熱融着装置にも適用し得ることが明らかにされていると認められる。そして、引用例1記載の技術事項を本件意匠に係る「熱融着板」のようなタイプの熱融着装置に適用することを妨げる理由は全く認められないかう、原告の上記主張も当たらない。

また、原告は、引用例2ないし6記載の意匠に係る物品は、いずれも本件意匠とは異なる分野に属する物品であるから、これらの意匠において周知の形状に基づいて本件意匠の創作容易性を判断したのは誤りである趣旨の主張をしている。

しかしながら、前記審決の理由の要点によれば、審決は、態様B1について、まず本件意匠に係る物品である熱融着板も含め、一般に物体の表面をローレット状に加工するに当たっては、斜め切り、横切り、斜めクロス切り等種々な凹凸配置形状が広く知られていることを例示するため引用例1ないし6記載の意匠の形状を援用したものであり、さらに、本件意匠の斜め交差状の配列形状がこの種物品分野では極めてありふれた周知の配置形状であることの例示として引用例4ないし6記載の意匠の形状を援用しているが、これらの意匠に係る物品のうち引用例5及び6記載の意匠に係る物品は、加圧力を必要としても、合成樹脂容器を加熱して融着する熱シール型である点において本件意匠に係る物品(熱融着板)と用途、機能を共通にするから、審決が態様B1について本件意匠と異なる物品の周知の形状に基づいて本件意匠の創作容易性を判断したことにはならない。

2  創作容易性の判断について

(1)  態様Aについて

原告は、態様Aについて、引用例1の第1図・第3図に熱融着装置の一角が示されていることのみを論拠として、その全体形状が「四角形状」の板体であると認定するのは誤りであると主張する。

しかしながら、前掲甲第3号証の1によれば、引用例1には、第1図・第3図・第4図及び第6図に一隅が直角に表されている「熱シール型」が記載されており、かつ、その「熱シール型」が「四角形状」以外の形状であることについては何らの記載も示唆もないことが認められる以上、当業者が引用例1記載の「熱シール型」の全体形状は「四角形状」の板体であると理解するのは当然のことというほかはない。付言すれば、別紙図面イの「使用状態を示す参考図」に記載されている長方形の包装容器を製造するための熱融着板ないし熱融着装置について、熱融着が不要な中央部分を割愛するか否かは別として、全体形状が「四角形状」以外のものが想定されることは、およそあり得ないというべきである。

そして、「四角形状」、すなわち長方形の物品を、必要に応じて正方形状の物品とすることには何の困難も考えられないから、態様Aの創作容易性は明らかであるとした審決の判断は正当である。

(2)  態様B1について

原告は、引用例1には態様B1に相当する意匠が記載されていないこと、及び、引用例2及び引用例3記載のローレット状凹凸形状が本件意匠にかかる熱融着板の形状に転用され得る理由が審決には説示されていないことを主張する。

しかしながら、審決は、態様B1について、引用例1ないし3を、引用例4ないし6記載の意匠とともに、本件意匠に係る物品である熱融着板も含め、一般に物体の表面をローレット状に加工するに当たって、斜め切り、横切り、斜めクロス切り等種々な凹凸配置形状が広く知られていることを例示するために援用したものであることは前述のとおりであって、前掲甲第3号証の1に照らし、引用例1記載の意匠を上記認定の例示として援用したことに誤りはなく、また、審決の認定に加えてさらに引用例2及び3記載の意匠に係る形状を本件意匠に転用する理由を示す必要は認められない。

また、原告は、引用例4の第2図ないし第7図、引用例5の第4図、引用例6の第9図に記載されている「斜め交差状の凹凸面」は、凸部が連続的に配列され、凹部が断続的に配列されているものであって、凸部が断続的に配列されている態様B1とは美感を異にすると主張する。

しかしながら、いずれも成立に争いのない甲第6ないし第8号証の各1によれば、原告が挙げる各図に記載されている「斜め交差状の凹凸面」は、必ずしも原告主張のように「凸部が連続的に配列され、凹部が断続的に配列されている」態様のものとは解されず、態様B1のように「凸部が断続的に配列されている」態様のものと解することも十分に可能であるから、原告の上記主張は当たらない。

したがって、態様B1は極めてありふれた形状であるから当業者が極めて容易に着想できたといわざるを得ないとした審決の判断は正当である。

(3)  態様B2について

原告は、態様B2が、底辺が上辺よりかなり長い台形の突起(四角錐台)を間隔を大きくとって均一に配列して構成されるのに対し、引用例1の第1図・第3図に記載されている台形の突起は、上辺が長く、突起間の間隔が小さい結果、本件意匠よりも平面的に見え、本件意匠とは美感を異にするから、態様B2は極めて周知の態様と認められるとした審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、本件意匠に係る熱融着板を使用して製造される包装容器の通常の大きさを勘案すれば、態様B2の四角錐台状の突起はかなり微細なものと考えられるから、熱融着板ないし熱融着装置のローレット状凹凸形状について視覚上はっきりと認識し得るのは「斜めの交差模様」であることにとどまるというべきである。そうすると、本件意匠にかかる物品の取引者・需要者が専門的な製造業者等であることを考慮しても、ローレット状凹凸形状における原告が主張する程度の差異は、熱融着板ないし熱融着装置全体の美感を左右するものと解することはできない。

この点について、原告は、態様B2は本件意匠の上面全体に現れるものである上、突起の形状及び間隔は熱融着力に与える影響が大きく、かつ、包装容器に明確な痕跡として現れるため、熱融着板の取引者・需要者が強い関心をもって観察する形態であると主張する。

しかしながら、熱融着板ないし熱融着装置にローレット状凹凸を形成する目的が、容器の底板と容器本体の接合面積をより大きくすることによって、より強力な熱融着力を得ることにあるのは技術的に自明であるが、ローレット状凹凸形状における原告が主張する程度の差異が熱融着力に大きな影響を与えるとは考え難いし、熱融着によって包装容器の底板の周縁(枠体の下端)に現れるローレット状凹凸形状が包装容器の使用者の注意をひくことは通常あり得ないから、原告の上記主張も失当である。

したがって、態様B2は極めて周知のものと認められるとした審決の判断も正当である。

(4)  原告は、本件意匠は、従来存在しなかった物品について熱融着の効果、使用の利便、包装容器の外観に与える影響あるいは熱融着板自体の美感等、様々な要因を考慮し、個々の要素を結合して創作されたものであるから、これらの結合に基づく本件意匠の創作容易性を何らの具体的理由も示すことなく肯認した審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、本件意匠は、前記のとおり、創作容易であったことが明らかな態様Aの全体形状に、極めてありふれた態様B1及びB2を組み合わせることによって容易に創作し得たものにすぎないというべきである。したがって、態様A及びB1、B2を結合して構成された態様は、態様Cを考慮してもなお、本件登録出願前に日本国内において広く知られた形状に基づいて当業者が容易に創作をすることができたといわざるを得ないとした審決の判断は正当であって、審決の認定判断には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

別紙図面イ

〈省略〉

別紙図面ロ

〈省略〉

〔図面の簡単な説明〕

第1図は従来の熱シール型の加工の形態を示す上面図。第2図は第1図をⅡ-Ⅱ現した側面断面図。第3図は第1図の熱シール型によつて得られるシールバターン。第4図は本考案による熱シール型の加工の形態を示す上面図。第5図は第4図をⅤ-Ⅴ現した側面断面図。第6図は第4図の熱シール型によつて得られるシールバターン。

11:シール型 12:加工部 13:格子目部分 14:シールバターン。

別紙図面ハ

〈省略〉

別紙図面ニ

〈省略〉

別紙図面ホ

1……シーラー本体、2……シール面、3、3……  模様目の凹凸面、4……ヒーター、5……包装袋、6……シール部、7、7……袋の両側辺部、8……フイルム重合シール部。

〈省略〉

別紙図面ヘ

符号1…熱シール用ヘツド、2… 材、3…含成 脂容器、4…熱シール用 け型、5…突起状物。

〈省略〉

別紙図面ト

符号、1…熱シール用ヘツド、2… 材、3…合成 脂容器、4…熱シール用 は型、5…突起状物、6…平坦部、7… 。

〈省略〉

別紙図面チ

図面の簡単な説明

図はこの考案の実施態様を例示するものであり、第1図は一部切欠斜視図、第2図は底面図、第3図は断面図、第4図は変更例の断面図、第5図は接合部分の変更例について底側からの一部を示す斜視図である。

10……周側壁、11……切込、12、12……両端、13……周側壁の底部、20……底板、21……リブ、30……接合部分。

〈省略〉

〈省略〉

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